何から話せばいいか分からないけど、もう限界かと最近思っています : 人生相談とか日常とか

何から話せばいいか分からないけど、もう限界かと最近思っています

1 :名無しさん@おーぷん : 2016/07/18(月)23:01:10 ID:7OC
長い自分語りになってしまうが
立ったら書きます

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2 :名無しさん@おーぷん : 2016/07/18(月)23:06:22 ID:7OC
立ったのかな
初スレ立てなんでよく分かってないが、とりあえず勝手に語ってきます
誰も見てないだろうけど

3 :名無しさん@おーぷん : 2016/07/18(月)23:10:53 ID:7OC
私は今、東京で社会人をやっています。
何から話せばいいか分からないけど、もう限界かと最近思っています。
限界というのは、自分の精神力と、人生がです。

4 :名無しさん@おーぷん : 2016/07/18(月)23:14:42 ID:7OC
私は東京生まれ、某県育ちで、大学進学から関東に移りました。
家族は5人で、長女(私)、次女、長男の3人兄弟です。

5 :名無しさん@おーぷん : 2016/07/18(月)23:17:07 ID:7OC
兄弟のことは大好きですが、私は両親がどうしても好きになれず、それどころか憎んでさえいます。
理由は私達の生まれたいきさつと、両親の人間性です。

6 :名無しさん@おーぷん : 2016/07/18(月)23:24:31 ID:7OC
両親は、某新興宗教で出会い結婚しました。
合同◯◯式が有名なところです。
母も父も、学生時代から信仰していたそうですが、母方の両親は大変なショックを受け、反対していたそうです。
父に至っては、結婚が事後報告だったと聞きました。
以降、親戚中から距離を置かれているようです。

7 :名無しさん@おーぷん : 2016/07/18(月)23:28:41 ID:7OC
祖父母の両親に対する反応を知ったのは、つい最近のことです。
どっぷり宗教に浸かった両親から育てられた私は、自然のこととして毎日のお祈り、週末の教会通いを小学校卒業くらいまで続けていました。
母方の祖父母や叔母も、孫だけは別だったのか可愛がってくれ、まさか両親との間に色々な問題があったことなど思いもしませんでした。

8 :名無しさん@おーぷん : 2016/07/18(月)23:36:28 ID:7OC
私が信仰を辞めた理由は、両親の不仲でした。
他にも色々と悩んでいた気がしますが、今思い出せる理由はこれだけです。

いつからだったか明確ではありませんが、父の母への態度が冷たいものになっていました。
母は子供の頃から病弱で、体力もありませんでした。だから日々の家事もパートと両立して、たびたび辛そうな様子で休み休み行なっていました。

9 :名無しさん@おーぷん : 2016/07/18(月)23:40:44 ID:7OC
そんな母に対し、父はイライラしていました。
家にいるのに何をしているんだ、と言っていたのを今もハッキリ覚えています。
長年一緒にいるのなら、母の体の弱さくらい分かっている筈。それに、パートで短時間とはいえ、母も働き、しかも肉体労働をしている。
子供の私でも辛さが想像できるのに、この人は何故そんなことも分からないのだろう。
家族を労るという自然なことが何故できないのだろう。
そう思っていました。

10 :名無しさん@おーぷん : 2016/07/18(月)23:44:42 ID:7OC
また、父は急に不機嫌になり、人や物に当たり散らす人でした。
仕事から帰ってきて、いつものように迎えると返事がない。顔を見ると、ムスっとしている。
その後の夕食でも、母が話しかけても何も言わない。
ドアは音を立てて閉め、トイレの蓋が開いているだけで怒鳴り出す。
ほとんど毎日そんな様子でした。

11 :名無しさん@おーぷん : 2016/07/18(月)23:47:39 ID:7OC
友達にそうだんしたこともありました。
でも返ってくるのは、男の人はそんなものだよ、とか、不機嫌な時は仕方ないよ、よくある、みたいな言葉でした。
私は、よくあるからと言って納得も我慢もごめんだと思いました。
こんな陰鬱な日々が続くなら、家出するか死にたいと思うようになりました。

15 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/19(火)12:39:33 ID:Fmy
父が荒れ始めた頃、私は学校でも居場所がありませんでした。

居場所がなかった理由は、元々の性格と、友人のいじめに加担したからだと思います。

私は小さい頃から、とにかく臆病で内向的で、なにかをする前から怖がって断固拒否する人間でした。
幼稚園のプールも、徒競走も、先生になだめられてやっと参加するかどうか、という感じでした。

気の強い同級生も苦手で、欲しいと言われれば親に買ってもらったおもちゃでも、何でも渡してしまいました。
それでたびたび、先生と親に相談して取り返して貰いました。

16 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/19(火)12:43:29 ID:Fmy
また、そもそも人との交流が苦手でした。
1人遊びが好きで、いつまでも絵を描いていたり、読書をするのが主な学校での過ごし方でした。

ひとりぼっちだった時期は、学生時代1度もありませんでしたが、友人になる子は私と同じようにおとなしいか、或いは色々な理由で皆から仲間はずれにされているような子でした。
それでも、中学校に上がるまではそこそこ楽しく過ごせていたと思います。

17 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/19(火)12:46:29 ID:Fmy
中学に上がると、私は小学校時代の友人と別のクラスになりました。
最初は不安でしたが、以前から知り合いだった子が話しかけてきてくれたので、友達になれるかと喜びました。
けれど、その子はまもなく私をパシリにするようになりました。

18 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/19(火)12:50:27 ID:Fmy
その子はAちゃんとして、もう2人、BちゃんとCちゃんも加わって、私達は4人で行動するようになりました。
情けないことですが、私は1人になることだけは怖くて、パシられながら1年間を彼女達と一緒に過ごしました。
その間に、色々な言葉を浴びせられました。

19 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/19(火)12:55:54 ID:Fmy
私は容姿、性格ともに、絵に描いたような喪女でした。
当時、ファッションに興味がなく、産毛や眉を整える必要性も知りませんでした。
また、元々顔も薄く、その割りに肉付きのよい鼻とガタガタの歯並びが合わさって、ブスの極みでした。
今もそれに変わりはありません。

20 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/19(火)12:58:04 ID:Fmy
彼女達は、口には出しませんでしたが、たびたび何かと私を比較したり、美人しか似合わないようなファッションの話をしては私の前で笑いをこらえていました。
私が、どうしたの?と半分悟りながらも聞くと、ニヤニヤしながら「何でもない」と見返してくるのでした。

22 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/19(火)17:45:26 ID:Fmy
今仕事が終りました。
書きためていないので、遅い進行でごめんなさい。
レスがないまま終わるかと思っていたので、見てくださっている方々がいて、とても嬉しいです。
ありがとうございます
ゆっくりになってしまいますが、いけるところまで続けます。

24 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/19(火)17:56:39 ID:Fmy
彼女達からは、私の性格や格好が地味なので、地味子とか、鼻が大きいのでワリオとか呼ばれていました。
また、口数も少なく、いつも暗い顔をしていたので、ノリが悪いし面白くない、と言われていました。

25 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/19(火)18:06:48 ID:Fmy
>>23
アンカーの付け方やっと分かりました
ありがとうございます。
最後までいきたいので頑張ります

私は、彼女達の言うことに対して、全部自覚がありました。だから何も言い返せませんでした。
一方で、誰のせいでこうなったと思ってやがる、と思っていました。

全部、周りが悪いというのは子供だと分かっています。叩かれるだろうとも思います。

26 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/19(火)18:08:54 ID:Fmy
でも、私は両親や、彼女達を今でも恨んでいます。
私がこんな人間になった原因に、彼らは必ず含まれているのだと、思っています。

27 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/19(火)18:14:22 ID:Fmy
話が長くなってしまいましたが、
>>15で話した居場所のない理由の1つは、このようなことです。

もう1つは、今でも付き合いのある友人との話です。

28 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/19(火)18:16:25 ID:Fmy
その友人はKちゃんといいます。
Kちゃんとは、幼稚園の入園式で初めて会いました。
それ以降、小5になるまでは特に接点がなく、クラスも別でした。

29 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/19(火)18:18:30 ID:Fmy
初めて見た時、彼女は衝撃的な印象を私に与えました。
冗談でなく、Kちゃんは天使かフランス人形でした。

30 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/19(火)18:21:02 ID:Fmy
小さな顔と小柄な身体、白い肌、細く尖った鼻に小さな唇、真っ赤な頬、庇のような睫毛はビューラー無しで綺麗にカールしていて、大きな目を縁取っていました。
同性でも惚れてしまいそうでした。

31 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/19(火)18:24:15 ID:Fmy
小5のクラス替えの時、偶然再会して、それまでほとんど接点がなかったのに私達はキャアキャア喜んでいました。
不思議でしたが、それから一緒に帰ったり、放課後遅くまで居残ってはくだらない話をしたり、楽しい日々でした。
彼女はユーモアがあって、人懐こくて、よく笑うので、傍にいてとても癒される人でした。

32 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/19(火)18:27:53 ID:Fmy
私達は同じ中学に上がりましたが、クラスは別々でした。
私は1人で、KちゃんとYちゃんが同じクラスでした。この3人は、小5の途中からよく一緒に過ごしていたメンバーでした。

33 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/19(火)18:30:11 ID:Fmy
中学生活が始まって暫くすると、Yちゃんが私に相談をしてきました。

内容は、Kちゃんにいじめられた、というものでした。

34 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/19(火)18:32:39 ID:Fmy
私は単純な正義感に駆られて、事実も確認せず、Yちゃんを励まし、彼女の意見に賛同しました。

そうして、その日から私達はKちゃんを仲間はずれにしました。

35 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/19(火)18:45:07 ID:Fmy
また、悪口も言うようになり、それは噂として周りに広まっていきました。
私とYちゃん、そしてKちゃんと同じクラスにいたPちゃんの3人で、どんどん話を大きくしていきました。
そのせいで、Kちゃんは自分のクラスでも仲間はずれにされるようになりました。
それでも、彼女は数えるほどしか学校を休まなかったらしいと後で聞いて、何も言えませんでした。

36 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/19(火)18:47:27 ID:Fmy
大きくなった話は、論点も当初のものから大きくズレていました。
最初は、KちゃんがYちゃんにした(と勘違いしていた)仕打ちについて責めていました。
それが最終的には、Kちゃんは自分が完璧だから調子にのっているのだ、という内容になっていました。

37 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/19(火)18:50:07 ID:Fmy
先程も書きましたが、Kちゃんは容姿、人格ともにかわいくて、きれいでした。
また、たびたび聞いた彼女の両親の話は、私とは真逆の世界でした。
私は自分も含めて何もかもダサく、醜く、みずぼらしかったのです。
Kちゃんのことが、うらやましくてたまりませんでした。

38 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/19(火)18:55:00 ID:Fmy
私の両親は、いんちきなおじさん教祖に勝手にくっつけさせられ、挙げ句暗い家庭を築きました。
お金がない、と言って新品のジャージも買ってもらえないのに、車や家を買い、子供を3人も作りました。
そんなに子供がいるのなら、夫婦仲はいいんじゃないかと思った時もありますが、現実は全くそうは見えませんでした。

39 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/19(火)18:57:04 ID:Fmy
母と私達兄弟は、毎晩父の車のエンジン音に耳を澄ましていました。
聞こえてくると、皆居ずまいを正して、今日は不機嫌でないか、様子を伺いながら帰宅を待ち構えていました。
今では笑える気もしますが、当時は真剣でした。

40 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/19(火)19:00:14 ID:Fmy
私は疲れていました。
学校での人間関係も、家庭でのギスギスとした空気も、自分のしでかした仕打ちも、ブスな人間性も、全部嫌でした。
いよいよ学校にも行けなくなり、母を言い負かして数日休みました。
父はキレ、どこか施設に入れようかと話していました。
その方がどこよりマシかもしれないと思いました。

41 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/19(火)19:06:03 ID:Fmy
その後、施設にやるお金もなく、私自身も半端に真面目だった為、学校へ復帰しました。
その頃には、Kちゃんへのいじめも落ち着いていました。
YちゃんとPちゃんは、Kちゃんと疎遠になり、私とも疎遠になっていきました。
私は、Kちゃんに手紙を出し、謝りました。

42 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/19(火)20:37:35 ID:Fmy
Kちゃんは友人に戻ってくれました。
私は、謝る以上のことはもう望めないし、望むべきでないと思っていたので、とても驚きました。

私は彼女に、私に対して何をしてもいいと言いましたが、Kちゃんは友人に戻れただけでいいと言ってくれました。
それから中学の残り2年間、クラスは一緒になりませんでしたが、一緒に登下校していました。

43 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/19(火)20:40:28 ID:Fmy
私達は同じ高校に進学しました。
その頃の私の家は、相変わらず父の機嫌を伺う日々が続いていました。

また、母方の祖母がアルツハイマーになり、施設に入りました。
この時からかはハッキリしませんが、祖父母や叔母と会わなくなっていきました。
不思議には思いましたが、聞ける雰囲気ではなかったので、そのまま過ごしました。

44 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/19(火)20:45:15 ID:Fmy
高校でも、私が孤立するのは変わりませんでした。皆は周りの人に話しかけたりして、どんどんグループが出来ていきましたが、私は同じクラスになったKちゃんにくっついていました。
暫くして、Kちゃんに友人ができ、私も一緒に過ごすようになりました。
けれど、内心は気が合わないと感じていました。私が変な気を遣わずに話せるのは、Kちゃんだけでした。
それでも、また私は孤立や輪を乱すことを恐れて、何もストレスを感じていないように振る舞いました。

45 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/19(火)20:50:45 ID:Fmy
そのうち、私は嫌なことに気づきました。

時折、話しながらふざけたりすると、Kちゃんはじゃれついてきました。
私はそのたびに、緊張というよりは、ドキドキしていました。
気持ち悪く思う人がいたら、ごめんなさい。
この頃から、私はもしかしたら女性が好きなのかもしれないと思うようになりました。

48 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)08:05:38 ID:y9F
Kちゃんに対する気持ちは、結局現在までよく分からないまま、曖昧なものです。
ただ、多分彼女に対しては嫉妬や大切さとか、とにかく色々な強い気持ちが混ざって強固なものになっているのだと思います。
私は大学進学から地元を離れ、今年で数年経ちます。その間、ほとんど帰省することはなく、Kちゃんとも数えるほどしか会っていません。
元々、筆不精なので連絡も用事がある時しかしません。Kちゃんも、それは同様です。

49 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)08:23:25 ID:y9F
ずっと一緒にいた頃と比べて、彼女のことを考えたり、思い浮かべる時間も減ったと思います。
それでも、たびたびKちゃんは夢に出てきます。
夢の内容は大体いつも同じです。

教室で、Kちゃんが男女限らずクラスメート大勢に囲まれて、楽しそうに過ごしているのを私が1人で遠くから見ている。
あるいは、見知らぬ男性達が彼女のことを褒めている横で、私はそれをずっと聞いている。

50 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)08:26:33 ID:y9F
最初は、彼女にひどいことをしておいて、自分は悲劇のヒロインきどりかと思いました。
ただ、あまり続くので結構つらくなってきました。

自分がどれだけブスかは毎朝毎晩見るので、分かっています。
それを寝ている間も見せられるのは、たまらないものです。

51 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)08:29:25 ID:y9F
彼女が味わった苦痛に比べたら、何でもないことでしょう。
でも、つらいと言いたいのです。
わがままでもクズでも、誰かに知って欲しかったし、分かってほしかった。
彼女とのことに限らず、私はとにかく自分のつらさを、誰かに最後まで聞いて分かってほしかったのです。

53 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)08:34:39 ID:y9F
レスも全く付かずに終わるかもしれない、とも思いました。
もっと悲惨な人生はいくらでもあるからです。
でもレスがもらえてよかった。
それだけでちょっと満たされた気がしました。

54 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)09:03:02 ID:y9F
話は高校に戻ります。
Kちゃんのことが気になりながら、気持ちをごまかしつつ暫く経ちました。
私はあるコンサートに行きました。
そこで迷ってしまい、近くにいた女性に会場までの道を聞きました。
その人も同じく参加者でした。
入り口まで2人で道を探して、無事到着してから一緒に開場を待ちました。
開場まで数時間、話しかけられるまま話しているとあっという間に時間が過ぎました。
私は最初こそ人見知りし、緊張していましたが、自然に話したり、笑えるようになっていました。

56 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)12:08:23 ID:y9F
コンサートで会った女性は、10歳年上の社会人で、Cさんといいました。
Cさんは私のことを気に入って下さり、それからたびたび会ってくれるようになりました。
アドレスも交換し、ほとんど毎日メールのやりとりもするようになりました。

57 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)12:29:32 ID:y9F
Cさんと私は、地方も違う他県に住んでいました。
だから会う時は、なるべく中間地点で会っていました。
Cさんのご両親は大きな会社をやっていて、彼女は私立中学、高校、芸大を経て社会人になっていました。
社会人の最初の頃は、他の企業で働いていましたが、私と会った頃にはご両親の企業で働いていました。

58 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)12:35:44 ID:y9F
上記のような環境だからか、Cさんは電車のような気軽さで新幹線を使っていて、頻繁に会いに来て下さいました。

私の方は、お小遣いをもらう習慣がなかったため、会う約束をするたびに、父へ交際費を頼んでいました。
このやりとりがいつも苦痛でした。
交際費に限らず、何か必要があると必ず内容を述べた上で父に頼まねばならず、大抵渋い顔をしていたからです。
お小遣いで本やCDを買える友人を、いつもうらやましく思っていました。

59 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)12:42:16 ID:y9F
交渉が上手くいけば、会うことができました。
約束の1週間前になると、私は着ていく服や話すことを考えながら当日を待ち遠しく過ごしました。

私は高校生になって、ようやくファッションや自分の見た目に気を配ることへ目覚め始めたのですが、申告制のおこづかいが嫌だったのと、ファッション知識の乏しさ、普段の出不精からそれほど服を持っていませんでした。
持っていても、母と一緒に選んだ安物の服で、芋臭くセンスが微塵もありませんでした。

それでも、当時の私は客観性がなく馬鹿だったので、一生懸命おしゃれなコーディネートを考えました。

60 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)12:45:53 ID:y9F
前日の夜は、遠足前の子供のようでした。
荷物を準備し、服を枕元に置き、マニキュアを失敗しながら塗り、ドキドキしながら寝ました。

翌日、1路線しかない各駅停車の電車で待ち合わせ場所へ向かいました。
1時間以上の道程だったので、待ち遠しい気分もおまけしてとても長く感じました。

61 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)12:51:08 ID:y9F
到着して、改札に向かうとCさんがいました。
Cさんは、大抵白か黒の服を着ていて、多分モード系?雑誌に出てくるような雰囲気の人でした。
あのようなファッションは、人を選びますし場合によっては悪目立ちしますが、Cさんにはよく似合っていました。

Cさんは目が小さめで、身長もそれほど高くなく、さっぱりとした顔の方でした。
あまり目立つ容姿ではなかったでしょうけれど、私は彼女の涼しげな容姿、身なりが好きでした。

62 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)12:59:43 ID:y9F
私達は、大抵会うと飲食店をハシゴして1日中話していました。
話題は、好きなアーティストから始まって、お互いの生活や世間話になりました。

63 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)17:59:15 ID:y9F
そのうち、学校の話をしているとCさんと私は似たような学生時代を送っていることが分かりました。
学校が楽しくなかった私は、Cさんが共感してくれて、とても救われた気がしました。

64 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)18:43:38 ID:y9F
異性についても、Cさんと私は似ていました。
彼女は昔、男子にいじめられてから男性が嫌いだと言っていました。
私は、長年父に怯えていた一方で、同級生達の露骨な性的な話に嫌気がさしていました。
単純かもしれませんが、そのような理由から当時男性を憎み、男性とは話さなくなっていました。
中高ともに共学だったため、日常的に男子を遠ざけて過ごしていました。

65 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)18:47:03 ID:y9F
男子は滅べばいいと思っていました。
気に入らないといつまでも子供のように不機嫌になり、周囲にあたり、物を壊し、機嫌が良ければ良いで下品な話をする。
母が、機嫌が良いときの父に性的な悪戯をされる時の嫌そうな顔は忘れられませんでした。

66 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)18:49:25 ID:y9F
私はCさんが優しいのを良いことに、ますます彼女へ甘えるようになりました。
Cさんは私のことを、妹のようだと言っていました。
私達の友人関係は、私が大学2年の年まで続きました。

67 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)18:51:32 ID:y9F
進路選択の年になり、私は迷わず上京することを選びました。
家族揃って父に怯え続けながら暮らすのは嫌でした。
また、何もない田舎にウンザリし、良い思い出がない土地から縁を切りたいと思っていました。

68 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)18:56:16 ID:y9F
Cさんと付き合ううちに、同性愛者である自覚も強まっていました。
ネットや本で調べるうち、新宿2丁目のことを知りました。LGBTの方々と会えるイベントも、多く行われていると知りました。

私は将来、何になるかをまだ決めていませんでした。でも、地元に残りやりたくもない低賃金の仕事をして、あの家で一生を終えたくありませんでした。
だから、今は興味のあることを勉強しようと思い、大学と学部を決めました。
そのときは、馬鹿だったので、これで将来が決まってしまうとは思っていませんでした。

69 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)18:59:38 ID:y9F
結局大学には行けました。
ただ、借金を背負いました。

私は、周りの友人も自由に進路選択をしていたので、このようなことになるとは思っていませんでした。
奨学金を借りるとしても、莫大なものになるとは予想していませんでした。
今でも定かではありませんが、父は子供のために何も貯金していなかったようでした。

70 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)20:07:57 ID:y9F
借りる話が出てきて、どんどん借用額が上げられていった時、ただ呆然としていました。
審査の時は、私は果たして通えるのだろうか、この家から出られるのだろうかと思いました。

初めての手続きで、分からないところがいくつかあると父が言いました。
私は先生に聞いたりネットで調べ、父に説明しようとしました。
だけど父は、私が話し出したのをさえぎり、自分でやるからいい、とだけ言いました。こちらを見もしないでぞんざいな物言いをされ、私はたまっていたものが漏れそうになりました。

何とかこらえて、夜でしたが散歩に出ました。
近所の山を見ていると、段々落ち着いていきました。万が一、大学がダメなら、働いてお金を貯めて、早く家を出ようと思いました。

71 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)20:16:25 ID:y9F
大学の4年間は、今までで1番楽しいと思えた学生生活でした。
クラスで集まる機会がほとんどなく、1人でも気にせずにゆったりとやりたいことができました。
それでも、生活は苦しく、また数少ない大学の友人とは時折上手くいかなくなり、カウンセリングルームに通いました。
1人暮らしは、意外にも最初だけホームシックになり、兄弟に会いたいと思いました。
それも徐々に慣れていき、1人暮らしは楽しいものでした。

定期的に訪れる奨学金の継続手続きは、とても悲しく貧しい想いにさせました。周りの人よりも幾分多く借りているだろうと思うと、恥ずかしく思いました。

私は、少しでも生活費の足しにしようとバイトを探しました。
しかし暗い性格のせいか、軒並み落ちました。
最終的に、倉庫内での作業員バイトへ登録しました。半年ほど働きましたが、そこでも周囲へ馴染めず、仕事も遅く、おばさんから若いだけで雇われていると嫌みを言われ、辞めました。

その後は、授業が忙しくなり、バイトをしなくなりました。

72 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)20:19:54 ID:y9F
大学生活も半分が過ぎた頃、ある男性と会いました。
所属していた委員会の関係するイベントで、他大学の人も来ていました。
私の通っていた大学は、共学でしたが9割が女性だったので、久しぶりに同世代くらいの男性と接近することになり、憂鬱でした。

73 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)20:24:39 ID:y9F
飛ばしてしまいましたが、上記の男性と会う半年くらい前に、Cさんとは最後のお茶をしました。
別れはハッキリとしたものではなく、最後の日以来、連絡がこなくなるという形でした。
原因は多分、私が重くなったのだろうと思います。
大学生で1人暮らしを始めてから、何度かCさんは私の部屋へ泊まりに来ました。

その時、私を床に寝かせるのは申し訳ないと言われ、1つのベットで寝たのは忘れられません。あれほど漫画のようにヤキモキし、悶々と過ごした時はありません。
女性とあれほど近くにいたのも、あれが最後でした。

74 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)20:28:21 ID:y9F
男性の話に戻ります。
彼は卒業間際の4年生で、Tさんと言いました。
イベント会場に着き、案内された席の隣に彼は座っていました。特段嫌悪感は持ちませんでしたが、関心もなかったので、イベント終了まで何も交流はありませんでした。

75 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)20:31:34 ID:y9F
イベントが終わり、帰り支度をしていた際に声をかけられました。お疲れ様、と言われたので同じ言葉を返しました。
そのまま先に彼は出ていき、私も少し後に会場を出ました。少し先の会場前広場に、彼の背中が見えました。
彼は不意に振り向き、私の方へ向かってきました。
私はビックリして思わず立ち止まり、様子を伺いました。

76 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)20:35:07 ID:y9F
そのイベントは、学生だけでなく、保護者も多く参加していました。彼の親も来ていたそうです。
私の親は、距離と無関心のために来ていませんでした。
彼は、大勢の中で1人だった私が少し心配だったと言いました。
私は、見た目がチャラチャラしておらず、ムッツリとした下心も見当たらず、至って快活なTさんを信用し、話の進むままに駅まで一緒に帰りました。

77 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)20:39:18 ID:y9F
大学や出身地の話、イベントの感想を話ながら歩きました。
私は相変わらず人見知りをしていましたが、彼が似たような趣味を持っていると知り、少し打ち解けました。
別れ際、アドレスを交換してくれないかと言われ、私は条件反射のように交換しました。
帰ってから、大変なことをしてしまったと思いました。
すぐさま、私より男性経験のある友人に連絡し、どうしたらいいか聞きました。
Tさんとは歩きながら話はしましたが、顔の見えないメールはとても不安でした。そもそも、男性と数年口さえ聞いていません。何を話したらいいのか途端に分からなくなりました。

78 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)20:44:46 ID:y9F
友人が落ち着かせてくれて、私はTさんとのメールを始めました。
歩きながら話していたことを、メールでも話しました。そのうち何気ない話も出来るようになり、ほとんど毎日メールをしていました。

しばらくして、彼から動物園に誘われました。当日は生憎台風で、喫茶店にこもりきりとなりました。
でも、その日もCさんとあった時のように、何時間も話していられました。
私は多分、彼のことが好きなんだろうと気づきました。

79 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)20:50:08 ID:y9F
それから1ヶ月は、メールをしながら悩みました。
彼も頻繁にメールをしてくれるのは、優しいことを言ってくれるのは、まさか、と思いました。
ブスの妄想だと恥ずかしくなりました。
また、そもそも私は女性が好きではなかったのかと疑問に思いました。

だけど結局、我慢するのは無理でした。
Tさんと電話をしていた時、思いきって気持ちを伝えました。
また、自分がレズビアンではなく、バイセクシュアルかもしれないことも打ち明けました。
彼は翌日、付き合うと言ってくれました。
それから3年経ち、今は私の就職を期に、東京で一緒に暮らしています。

80 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)20:53:38 ID:y9F
ここまで話すと、多分友人から言われたようなことを思う人もいるかもしれません。

同棲の連絡をした時、ある友人からは幸せそうでいいね、と言われました。
確かに、とびきりの不幸ではないと私も思います。
でも、幸せかどうかはまた別の話です。
彼がいて、家があって、仕事があるのは確かに、恵まれているのだろうと思います。
でも私は結局、今でも毎日がつらく、生きていくことに疑問を持っています。

81 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)20:58:00 ID:y9F
就職が決まるまでと、社会人1年目は、色々なことがありました。2度と味わいたくない時間でした。

私の就活期間は長くゆっくりしていました。
受けた企業も少な目でした。理由は、就活自体ツラかったのもありますが、卒論が思った以上につらかったからです。
書きながら、私は小説家には向いていないと思いました。

82 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)21:56:51 ID:y9F
就職は卒業間際に決まりました。
私は年が明ける前から、バイトをして東京にかじりつくか、諦めて実家へ帰るか悩んでいました。
憎んでいる両親の元へ帰るのは甘えですし、嫌でしたが、奨学金のことを考えると、バイトで東京暮らしを実現する自信がありませんでした。
水商売も考えましたが、人見知りで、Tさん以外の男性は変わらず苦手だったので、諦めました。

83 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)22:02:56 ID:y9F
飛ばしてしまいましたが、Tさんと付き合いはじめて半年ぐらい経った頃、彼から自分以外の家族が宗教に入っていると打ち明けられました。
仏教系の新興宗教でした。

私はとても驚きましたが、自分の親も宗教に入っていること、また自分は無宗教であることを話しました。
それから、お互いの宗教観や将来のことをたびたび話すようになりました。
私は、ここまで話して引かれないだろうか、彼は本当は私をうさんくさく思っているんじゃないだろうか、また彼も本当は勧誘しようとしていないだろあか…色々な悪い想像が渦巻きました。

84 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/21(木)22:05:39 ID:y9F
しかし結局は要らない心配でした。
深くは聞いていませんが、彼も望まない信仰を押し付けられ、今までつらい想いをしてきたようでした。
また、自分が1番つらかった時、助けてくれたのは宗教ではなく、宗教の知人たちでもなく、学校の友人だったと言っていました。
私は共感しました。

85 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/22(金)08:27:35 ID:Faw
そのうち同棲の話が出ましたが、私は就職も決まらず、2人で住める物件の費用も払えない現状を彼に話しました。
彼はしばらくして、費用を負担すると言っていました。私は悩みましたが、卒業間際に就職が決まり、返せる目処がついたので、今後返していく約束で、引っ越しをしました。
今ではそれが間違いだったのだろうと思っています。

86 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/22(金)08:30:48 ID:Faw
引っ越しをする暫く前、そろそろお互いの両親に挨拶をしようということになりました。
そこで、今後のことについても話す予定でした。

しかし結果は最悪でした。
彼の両親は、私も親の宗教も気に入らないので、反対すると彼に言ったとのことでした。
奨学金があることも嫌だと言われました。

87 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/22(金)08:32:14 ID:Faw
私の両親の方は、当初会いに行く連絡を何度も無視しました。
最終的には挨拶に行けましたが、無視した理由を聞くと、どうしていいかわからなかったと言われました。
私は呆れました。

88 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/22(金)08:36:28 ID:Faw
卒業後、同棲を始め、社会人生活に入りました。
社会人は予想以上につらいものでした。

通勤は長く、潔癖気味で短気な私は他人とぎゅうぎゅうにくっつくのが嫌でたまりませんでした。
また、睡眠時間も激減し、朦朧とした頭で仕事をしていました。
そのうち慣れると彼には言われましたが、今もほとんど変わりません。

89 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/22(金)12:11:18 ID:Faw
私の仕事は技術職で、勉強をたくさんせねばならないものでした。
当初は興味があって始めたのですが、私の知能ではついていくのがやっとでした。
また、遅くまで働いている先輩を見て、これで一生食べていくのかと思うと自信がなくなりました。

90 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/22(金)12:15:51 ID:Faw
働き出して半年ほど経った頃、妹が倒れました。
脳腫瘍でした。
幸いなことに命は助かり、今のところ後遺症はなく、元気でいます。
ただ、その修羅場で母は一層宗教にのめりこむようになりました。
元々子供にべったりなところがありましたが、妹が倒れてからは、妹と弟に一層くっつくようになっているようです。
子供が心配なのかもしれませんが、2人はもう10代です。
母親と一緒に寝る年齢ではないと思います。

91 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/22(金)12:29:42 ID:Faw
妹とたまに連絡を取ると、よく両親の話になります。
彼女は私と違い、今も週末礼拝に通っています。
信じてはいないけれど、友達に会えるから行っていると話していました。
母からは、たびたび熱心な教育が入るようで、それが本当は嫌だとも言っていました。

92 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/22(金)12:32:23 ID:Faw
妹が倒れたとき、知らなかったことが色々と分かりました。
両親がたいした蓄えがなく、入院費だけでも危うかったらしいことや、母は両親に学費を押しつけて宗教関係の職場へ入ったこと、ここ数年祖父母、叔母と交流が耐えていたのはそういった長年の問題があったからだということを知りました。

93 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/22(金)12:35:13 ID:Faw
私はますます宗教や、両親が嫌いになりました。
そして自分は何故こんな面倒な家に生まれてしまったのだろうと思いました。

彼の両親や、祖父母、叔母、大好きな人達や仲良くなりたかった人達との間に壁ができる、宗教のどこが素晴らしいのかもっと分からなくなりました。

94 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/22(金)12:39:16 ID:Faw
長年教えられてきたことが、怒りと共に思い出されました。

子供は、親を選んで生まれてくること。
自殺は地獄行きだということ。
この世で親切なことや善良なことをたくさんして、性的に清くあって、嘘をつかなければ天国へ行けること。
天国に行けば、永遠の命が与えられ、霊体で宇宙も自由に飛べること。
結婚は、教祖様のお告げで私が生まれた瞬間から運命の相手が決まっていること。
全てがくだらなく、間違っていると思いました。

95 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/22(金)12:45:10 ID:Faw
私は生まれてきたくて、生まれたわけではありません。
両親も、選んでいません。
容姿も、性格も嫌いです。
社会に適応できない自分や、両親が嫌いです。
経済的にも、ご両親との関係を考えても、彼とこのまま一緒にいられる保証はありません。
仕事は向いておらず、勤勉でも真面目でもなく、会社は法的にアウトなことをしている上に傾きかけています。
東京の人の多さや、殺伐としたところが好きになれません。
でも、地元はもっと好きになれません。

96 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/22(金)12:49:21 ID:Faw
趣味も、仕事の疲労からできなくなりました。
休日は寝ています。
2人分の家事を、やらねばならないのは分かっていてもできない時が多くなりました。
やることといえば、2chをぼーっと眺めることくらいです。
そんなぐうたらな自分が嫌です。
やりたいことも、やらねばならないことも、なにもしない自分が嫌です。
このまま生きていても、いずれ困窮するでしょう。
彼とも別れるかもしれません。
そうしたら、どこにも居場所はありません。

97 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/22(金)12:51:49 ID:Faw
そもそも、生まれてくるのを望んでいなかったのに、何故頑張らねばならないのでしょう。
人と会うのが苦痛なのに、何故毎朝寝不足のまま、満員電車に乗り、人を殴りたい気分であんな会社に行かねばならないのでしょう。
働かなければ生きていけないのも、自分の選択の結果だということもわかっています。
受け入れることが苦痛なのです。

98 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/22(金)12:54:36 ID:Faw
なんだか主張が飛び飛びで、話もよく分からなくなった気がしますが、私の長い自分語りはこんな感じです。

結論としては、勇気さえあったなら、未練がなければ、こんな疲れる自由も楽しみもない生涯を終わらせたい、ということです。
そんな勇気はありませんでした。

99 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/22(金)12:57:02 ID:Faw
呆れられたかな
つまらないスレを立てて申し訳なかったです。

100 :名無しさん@おーぷん : 2016/07/22(金)13:22:32 ID:hKj
長い話を最後までありがとう
彼氏と同棲自体はうまくいってるのでしょうか
住む場所は彼氏よりの立地なのかな

101 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/22(金)18:08:33 ID:Faw
>>100
こちらこそ、長い自分語りを読んで下さって、
ありがとうございます。
同棲は、このまま結婚したいと思うくらいには上手くいっています。
仕事やお互いの両親について何かあると、2人とも余裕がなくなって喧嘩が増えたりはします。
でも、それくらいです

住んでいる場所は、彼よりです。
同じ県内にご実家があります。

102 :名無しさん@おーぷん : 2016/07/22(金)19:50:07 ID:ZI2
そうですか
今お仕事大変かもしれませんが いい人がいてなによりです
彼氏さんのご両親の反対はあるかもしれませんが なによりも当事者同士の意思が大事です 影ながら応援しています
いまの勤務先に通勤や将来の不安を感じているなら結婚を期に転職を考えるのも一つの手かもしれません あなたの精神状態が悪いと今後の結婚生活に悪影響を及ぼしかねませんしね

103 :名無しさん@おーぷん : 2016/07/23(土)22:11:44 ID:9os
大変やね

104 :◆zl6TwdxAzs : 2016/07/24(日)15:55:38 ID:DBo
遅くなりました

>>102
ありがとうございます。
そうなんですよね。最終的には、私達2人が強く意思を持つことなんですよね。
何度もご両親の言葉には折られそうになっていますが、頑張って意思を貫きたいです

転職ですが、既にするつもりではいました。
ただ今は何のスキルも強みもなく、賃金も下げる訳にはいかないので、まずは資格勉強を始めています

精神状態は、もう生活に悪影響が出てしまっているので、自分を変えたくて色々と試行錯誤しています。
夜遅くになっても、前日から計画していたやるべきことに向かえない日が多かったので(食材の買い出しや、たまっている食器洗い等)、ネットでやる気の出る方法や布団から起き上がれる方法を調べてやってみたりしています。
でもなかなか上手くはいきませんね…

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